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福岡地方裁判所 昭和52年(ワ)646号 判決 1980年2月26日

第五四五号事件原告、第六四六号事件被告 福岡倉庫株式会社

右代表者代表取締役 富永恒二

右訴訟代理人弁護士 水崎嘉人

同 中島繁樹

第五四五号事件被告、第六四六号事件原告 株式会社ナス・アグリ・サービス

右代表者代表取締役 那須伸壽

右訴訟代理人弁護士 染谷壽宏

同 海老原照男

右訴訟復代理人弁護士 杉原弘幸

主文

(昭和五二年(ワ)第五四五号事件)

一、被告は原告に対し、金六三二万四二三七円及びこれに対する昭和五二年三月一一日から支払いずみまで年六分の割合による金員を支払え。

二、訴訟費用は被告の負担とする。

三、この判決は仮に執行することができる。

(昭和五二年(ワ)第六四六号事件)

四、原告の請求を棄却する。

五、訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一、当事者の求めた裁判

一、請求の趣旨

(第五四五号事件)

主文第一、二項と同旨の判決及び仮執行宣言。

(第六四六号事件)

1. 被告は原告に対し、金五六八万三〇〇〇円及び内金四三二万円については訴状送達の日の翌日から、内金一三六万三〇〇〇円については昭和五四年一一月七日から各支払いずみまで年六分の割合による金員を支払え。

2. 訴訟費用は被告の負担とする。

3. 仮執行宣言

二、請求の趣旨に対する答弁

(第五四五号事件)

1. 原告の請求を棄却する。

2. 訴訟費用は原告の負担とする。

(第六四六号事件)

主文第四、五項と同旨

第二、当事者の主張(以下、第五四五号事件原告、第六四六号事件被告を「原告」と、第五四五号事件被告、第六四六号事件原告を「被告」という。)

一、請求原因

(第五四五号事件)

1. 原告は家畜類の輸送等を業とする株式会社であるが、昭和五一年一〇月頃被告と左記の契約を締結した。

(一)原告は被告が輸入する豚一七四頭につき次の事務を行なう。

(1) 福岡空港において豚を受け取り動物検疫所(以下「動検」と略称する。)に輸送する。

(2) 豚の検疫及び通関の手続をする。

(3) 検疫及び通関後、豚を被告の指示するトラックに積込む。

(4) 右の期間中、動検内において動物検疫係官の指示に従って豚を管理する。

(二)被告は原告に対し、右事務の報酬として別紙報酬内訳一覧表見積額欄記載のとおり合計金三一二万八七〇〇円を支払う。

但し、同表中、

8 管理人給料九〇万円は、管理人数五人、使用日数二〇日、一日の一人分の給料及び税金引当金九、〇〇〇円として計算したものである。

9 管理人関係費一二万円は、管理人一人あたり二万円である。

14 取扱手数料三四万八〇〇〇円は、豚一頭につき二、〇〇〇円として一七四頭分である。

15 飼料代七三万九五〇〇円は、豚一七四頭について、一キログラムあたり八五円の飼料を一日二・五キログラムずつ二〇日間使用するとして計算したものである。

(三)右(二)の費目金額は見積であり、右見積以外の事態が発生した場合にはその分の報酬を支払う。

2. 原告は昭和五一年一二月下旬頃被告の要請を受けて、本件豚を発送するに際してはトラック手配の手続をすること(運送保険契約を締結することを含む)を受任した。

また、原告は昭和五二年一月上旬頃被告の要請を受けて本件豚の関税を立替払いすることを受任した。

3. 昭和五一年一二月三日被告の輸入した豚一七六頭が福岡空港に到着した。原告は、右豚を受け取り、動検門司支所博多出張所まで輸送して同所に搬入し、昭和五二年一月一〇日まで右動検内において、動物検疫係官の指示に従って管理し、同月八日及び一〇日に右豚を被告の指示する地方へ発送した。

4. 本件事務処理にあたり見積の段階で予想していなかった次の事態が生じた。

(一)輸入豚の頭数は、二頭ふえて一七六頭となった。

(二)豚の管理人の人数は、動検の指示により九人となった。

(三)豚二九頭が赤痢に罹り(昭和五一年一二月一二日以降二九日頃まで下痢が続いた。但し、昭和五二年一月六日、一頭につき下痢再発)、そのために、検疫及び通関の手続が予定より一九日延び(昭和五一年一二月一八日までに検疫を終えて一二月二〇日に通関完了の予定であったところ、検疫が昭和五二年一月四日までかかり、一月八日午後に通関が完了した)、昭和五二年一月一〇日に豚の地方向け発送が完了した。

5. 前項の新事態が発生したため、左記の各理由により合計金四六九万五五三七円の経費増を来した。その具体的内容は別紙報酬内訳一覧表C欄記載のとおりである。

但し、同表中、

7 動物管理器具使用料七万八三〇〇円(増加分二万六一〇〇円)は、豚の管理期間が予定の二〇日間を一九日間超えたため、体温計(豚が体温計を折損することが多いので消耗品となる)及び敷わらの使用量が増加し、そのための費用は少なくとも五割増加した。

8 管理人給料三一六万八〇〇〇円(増加分二二六万八〇〇〇円)は、管理人一人の一日分の給料及び税金引当金は九〇〇〇円であるところ、豚の動検搬入の前日より九人の管理人を雇い、うち四人は昭和五二年一月八日まで三八日間、うち五人は同月一〇日まで四〇日間使用した。

9 管理人関係費二二万五〇〇〇円(増加分一〇万五〇〇〇円)は、管理人が動検内において使用するふとんの賃借料、テレビ冷蔵庫等消耗代、作業服ゴム長靴新聞洗済紙等の生活用品の費用で、管理期間が一九日間延長したので管理人一人当たり少なくとも五〇〇〇円増加した。管理人九名で合計二二万五〇〇〇円である。

10 通関関係費四万四〇〇〇円(増加分九〇〇〇円)は、提出書類に貼付する印紙代の増加分二〇〇〇円、被告と税関との間の電話料立替金三六〇〇円、税関係官をランチを使って検疫所まで運んだ費用三四〇〇円(通関を特に急いだためランチを使用した)の総計である。

11 糞尿処理費二七万円(増加分一二万円)は、豚の糞は焼却の必要があり、その焼却用に重油を毎日約一九〇リットル(一リットル四〇円)ずつ三六日間使用した。

12 解放後畜舎清掃消毒費二四万円(増加分九万円)は、豚の収容には当初一フロアーを予定していたが、豚赤痢が発生したので病畜を隔離する必要上、更に一フロアーを使用したため、清掃人夫の賃金、清掃用具の消耗代燃料代運搬代等が増加した。すなわち、男作業員(一人分の賃金五五〇〇円)を延べ二四人雇い、女作業員(一人分の賃金四五〇〇円)を延べ一六人雇い、清掃用具の消耗代燃料代運搬代等に三万六〇〇〇円を要した。

13 水道光熱費七〇万八三七円(増加分一万五八三七円)は、動検の入検期間が長かったため、当初の五万五〇〇〇円の見積を超えて、電灯料に五万九五八七円、プロパンガス代に一万〇七五〇円、右現金送料に五〇〇円かかった。

14 取扱手数料三五万二〇〇〇円(増加分四〇〇〇円)は、豚が見積の頭数より二頭ふえたので二頭分の手数料が増加した。

15 飼料代一三二万三二七〇円(増加分五八万三七七〇円)は、豚一七六頭のために一キログラムあたり七八円の飼料を一日二・五キロずつ三九日間使用した。

16 飼料くん蒸費二万円(増加分一万五〇〇〇円)は、動検においてはそこに持ち込む飼料は必ずくん蒸消毒することになっているが、赤痢発生のため豚の管理期間が延長して先の見通しがつきにくかったため、一回のくん蒸費用五〇〇〇円)では足りず、更に三回のくん蒸を行なう結果となった。

17 患畜治療薬品代五一万二四八〇円は、豚の治療のため動検の指示により薬品を購入した。

18 死亡豚処理費四万五〇〇〇円は、赤痢によって死亡した豚(三頭)を焼却処分したため、重油代、管理人支払、灰処理等の費用として一頭あたり一万五〇〇〇円要した。

19 関税立替金一六万二一〇〇円

20 岩手県向配送トラック代二四万円

21 滋賀県、愛知県、神奈川県、埼玉県向配送トラック代二〇万円

22 群馬県向配送トラック代一八万円

23 運送保険料三万五二五〇円

24 畜舎スチーム消毒料八万四〇〇〇円は、赤痢発生のため畜舎を二回にわたってスチーム消毒したが、スチーム消毒器の賃借料二万円、一日あたり賃金八〇〇〇円の作業員三人(延べ六人)の賃金合計四万八〇〇〇円、スチーム消毒器の運搬費一万六〇〇〇円を要した。

6. 原告は、被告に対し、前記第5項記載の金額合計七八二万四二三七円から被告が支払ずみの一五〇万円を差引いた六三二万四二三七円について、昭和五二年三月四日付文書をもって支払催告をし、右文書は同月一〇日までに被告に到達した。

7. よって、原告は被告に対し、未払の報酬金六三二万四二三七円とこれに対する弁済期の到来後である昭和五二年三月一一日から支払ずみまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払を求める。

8. 仮に、被告の主張第7項のとおりであるとしても、原告は商法第五一二条により報酬請求権を有する。

(第六四六号事件)

1. 被告は家畜の輸入販売等を目的とする会社であり、原告は倉庫業を営む会社である。

2. 昭和五一年九月二日被告は原告と種豚一七四頭(但し、現実の輸入頭数は一七六頭となった)をアメリカから輸入するに際し、次のとおりの準委任契約を締結した。

(1) 委任内容

前記輸入豚の福岡空港到着時から、動検博多出張所の入検、解放、トラック積込みに至るまでの一切の管理

(2) 期間 一五日間

(3) 費用 合計金三一二万八七〇〇円

3. 原告の債務不履行

原告は、前記契約に基づき豚の到着した昭和五一年一二月三日から豚の管理を始めたが、豚の管理中次のとおり、受任者としての善管注意義務及び報告義務を怠った。即ち、昭和五一年一二月七日、前記動検において、豚一頭が赤痢類似の下痢症状に罹患していることが判明した。その後、同月一〇日に二頭、同月一二日に四頭罹患し、同月一三日に治療を開始したが、同月二八日まで下痢症状の発生が続いた。そして、最終的に二頭が死亡し、一頭を屠殺した。

ところが、原告は、右事実に全く気付かず、被告に対し最初の赤痢発生の日から一〇日も経た同月一七日に至っても「豚は異常なくすべて健康である。」等と事実に反する報告をなした。これに対し、被告は念のため動物検疫所長に確認の電話を入れて欲しい旨要請したのに、原告は全くその必要がないとして、これを拒否した。

又、赤痢の発生が止み、動検から豚の解放が決定された際にも原告は被告に対し、死亡した二頭以外は健康を取り戻し、全頭元気である旨の報告をなした。ところが、実際には赤痢罹患のため自力で立ち上がれぬ豚が数頭もおり、種豚としての利用価値のなくなった豚は一二頭にも及んでいたのである。

このような原告の委任事務処理の仕方は、豚管理者として絶えず動検との連絡を密にして、豚の健康状態を正しく把握し、それを被告に逐一報告すべき義務を怠ったものである。

4. 損害

原告が前記契約の趣旨に従って、受任者として豚の健康状態を常に把握し、病気発生の際は直ちに委任者である被告に報告していれば、被告は家畜の専門業者として獣医を派遺する等して、治療、事後処理につき万全を期し、損害の発生を防ぐことができた。しかるに、原告は受任者としての善管注意義務・報告義務を怠り、且つ罹患豚の早期隔離、屠殺等の処理が適切を欠いたため、病気は他の多くの豚にまで伝染し、次の損害が生じた。

動検内で死亡した豚三頭及び購入者へ配送後種豚として利用不能であることが判明し、廃棄処分にした一八頭の合計二一頭につき、被告が預っていた豚売却代金中から別紙二代金返還一覧表記載のとおり、処分豚の代金相当額を返還した金額合計五六八万三〇〇〇円。

5. よって、被告は原告に対し、右債務不履行に基く損害賠償として、金五六八万三〇〇〇円及び内金四三二万円に対する本訴状送達の日の翌日から、内金一三六万三〇〇〇円に対する昭和五四年一一月七日から各支払いずみまで年六分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

二、請求原因に対する認否及び主張

(第五四五号事件)

1. 請求原因第1項の事実のうち(一)の委託事務の内容は否認する。

同(三)の事実の趣旨については争う。

その余の事実は認める。

2. 請求原因第2項の事実は否認する。

3. 請求原因第3項の事実は認める。

4. 請求原因第4項中(一)の事実は認め、同(二)、(三)の事実は否認する。

5. 請求原因第5項の事実は不知。

6. 請求原因第6項の事実は認める。

7. 仮に、原告主張のとおり費用増加があったとしても、本件委任契約においては、見積項目外の事態が発生した場合は原告は実費のみを請求する旨の特約が付されているので、原告の請求金額中実費(原告が他者に支払った実金額)以外の報酬、手数料の請求は失当である。

(第六四六号事件)

1. 請求原因第1項の事実は認める。

2. 同第2項は次の点を除き、他の事実は認める。

(一)契約締結日は昭和五一年九月下旬ないし一〇月上旬頃である。

(二)委任の内容は次のとおりである。

(1) 福岡空港において豚を受け取り動物検疫所に輸送する。

(2) 豚の検疫及び通関の手続をする。

(3) 検疫及び通関後、豚を被告の指示するトラックに積込む。

(4) 右の期間中、動物検疫所内において動物検疫係官の指示に従って豚を管理する。

(三)期間については否認する。

3. 同3項及び同4項の事実は否認する。

4. 原告が委託された事務は、被告が輸入する豚につき検疫及び通関の手続をすることであり、これに付随して右の検疫及び通関の手続期間中に右豚を管理することであった。

本件委託契約によれば、右期間中の管理行為としては、通常の保存行為のみが予定されていたのであり、病気治療のごとき行為は本来の受託事務の中に含まれていなかった。

5. しかし、原告は、本件豚に病気が発生した際には、次のとおり最善を尽して事務処理にあたった。

(一)原告は本件豚の世話のため畜舎の中に管理人九名を常駐させて豚の健康状態を把握していた。

(二)原告は、下痢が発生したこと、便に血液が混じっていたこと、豚が死亡したこと、豚赤痢と診断されたこと等本件豚の状態に関する重要な情報についてはそれぞれすみやかに被告に対して連絡していた。一二月一六日夜豚赤痢と診断されたことについては、原告の責任者である田村祐義が上京中であったため、被告には同月一八日に報告された。

(三)本件豚赤痢は、伝染病予防を目的とする検疫の期間中に、その目的のためには最適の隔離施設である動検の中でその発症があったものである。そして右検疫期間中は、獣医師の資格があり伝染病予防を専門とする家畜防疫官三名が、終始本件豚に立合っていたしまた病気治療に専念した。原告は右家畜防疫官の指示に忠実に従った。

(四)本件豚は、発症後すみやかに一二月一五日と一二月一七日に隔離の処置がとられた(乙第一号証)。屠殺の必要はなかった。

6. 仮に本件豚赤痢の治療行為に適切を欠く点があったとしても、それは原告の責に帰すべき事由に基づくものではない。即ち、

(一)病気の治療は本来の受託業務に含まれていない。

(二)動検は、もともと豚赤痢を含む伝染病の予防を目的とした農林省管轄の役所であり、そこでの検疫業務は獣医師の資格を有する家畜防疫官が担当する。本件豚の場合、三名の家畜防疫官が対策及び治療に専念した。原告としては、右三名の家畜防疫官の指示及び治療を信頼するのは当然である。外部の獣医師を呼ぶことを初期の段階で考慮せよとの被告の主張は空論である(外部の獣医師に診断を依頼すれば莫大な費用を要することが予想される。)

(三)動検内における家畜の処置については、家畜防疫官が一切の指示をする建前になっており、検疫申請者はその指示に従うべき義務がある。本件豚についても、発症当時から家畜防疫官が指揮をとって検査及び治療にあたっていたので、原告はその指示に忠実に従った。外部の獣医師に診断を依頼すべき状況ではなかった。前記(二)の事情を併せて考えれば、家畜防疫官三名に本件豚の治療を委ねたのはやむを得ない処置であった。

(四)原告が被告に対して本件豚の症状を通知した際、被告は、罹患豚の治療を動検に委ねることを了承した。

以上のとおり、原告としては、本件豚の治療等善後処置については全面的に動検に委ねるほかはなかったのであり、そのような状況下でなされた動検の治療に適切を欠く点があったとしても原告にその責任はない。

7. 検疫中の家畜が罹患した場合には、その家畜の所有者は必要に応じて動検に出向いて適切な善後処置をとるのが当然であるところ、被告は、検疫期間中一度も動検に出向かなかった。仮に、被告主張のように原告又は動検の取った処置に不適切な点があったのであれば、被告自身が発症の時点で現地へ出向いて現状を詳細に把握し適切な処置を取るべきであったというべきである。したがって、福岡倉庫に責任があるとすれば、この点を斟酌すべきである。

第三、証拠<省略>

理由

(昭和五二年(ワ)第五四五号事件について)

一、請求原因第1項のうち、原告が家畜類の輸送等を業とする会社であること、昭和五一年一〇月頃被告は原告に対し被告輸入の豚一七四頭につき事務を委託し、その報酬として別紙報酬内訳一覧表B(見積額)欄記載のとおりの報酬を支払うことを約したこと及び請求原因第3第6項の事実については当事者間に争いがない。

二、右委託事務の内容及び右見積以外の事態が発生した場合の増加費用の請求につき判断する。

1. 成立に争いのない甲第二号証の二(見積書)によれば、原告は被告から、「輸入豚一七四頭福岡空港着輸送機側より動検博多出張所入検解放後トラック積込み迄」の事務の委託を受けたこと、右事務の具体的な内容は別紙一欄表記載の摘要1項(空港関係費)ないし16項(飼料くん蒸費)のものが予想(見積)されること及び右「見積り項目外の事態発生の場合は実費申受けます。」との条項が付されていることが各認められる。

右認定の契約の趣旨及び具体的な事務内容から判断すれば、原告の受任した事務は前記1項ないし16項に予定されている豚の管理行為のみに限定されず、豚の安全、健康等についても留意し、異常事態が発生した場合には、検疫中の豚の管理を委託されている業者として通常要求される善管注意義務をもってこれに対処すべき義務を負っていると解すべきである。

しかるところ、後述のとおり、原告は前記委任事務を遂行するにつき右注意義務を尽しており、何ら債務不履行があったとは認められないから、前記契約報酬金合計金三一二万八七〇〇円を請求することができると認められる。

次に、成立に争いのない甲第三、第五、第六号証の一・二、第七、第八、第一四号証、証人田村祐義の証言(第一回)及びこれにより成立の認められる甲第九号証の一・二によれば、原告は別紙一摘要7項ないし18項及び24項記載の項目につき、当初見積額(別紙一B欄)より合計金三八七万八一八七円(同C欄)の増経費を要していることが認められる。

右増加費用は本件輸入豚の頭数が被告の都合で当初見積額より二頭増加したこと及び右輸入豚に豚赤痢が発生し、その為に要した費用であるが、かかる増加費用については前記見積り項目外の事態発生によるものとして、原告は被告に対し実費を請求しうることは前叙のとおりである。

そこで、右増加費用が全て実費に含まれるかにつき考える。

動物を輸入する場合、輸出先の検疫に合格する豚の頭数は輸出の直前まで確定できないこと、検疫、通関の手続に要する日数に多少の変動がありうること、豚に病気の発生等予想外の事態が起りうること等本件契約の性質上、原告の報酬は一定の基準に基づく見積額として算出し、見積以外の事態が発生した場合は、その分を右基準に照して精算支払いするということにならざるをえず、かかる場合、原告は本来その増加費用を請求しうべきところ、本件契約において実費と定めることにより、右請求額を制限した趣旨であると解すべき事情もない。

右契約の趣旨に照せば、原告主張の増加費用分は、後述のとおり、いずれも原告の責に帰すべからざる事情によって生じた費用ということができ、その内容は、請求原因4項に記載の事由によるものであることは証人田村祐義の証言(第一回)により認められ、これらはいずれも前記実費に当ると認めるのを相当とし、証人日高良一の、本件程度の豚の管理ならば、管理人が二、三人あれば十分できる旨の証言は証人倉野猛の証言(第二回)に照して採用できず、原告はその全額を請求しうるというべきである。

三、成立に争いのない甲第四号証によれば、請求原因第2項の事実が認められる。

したがって、原告は別紙一摘要19項ないし23項のA欄記載の金額を右契約に基づくものとして支払いを請求しうる。

四、以上に認定した事実によれば、原告の被告に対する、本件委託契約に基づく契約金六三二万四二三七円及びこれに対する弁済期の後である昭和五二年三月一一日から支払いずみまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払いを求める請求は正当である。

よって、原告の請求は理由があるので認容し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条を仮執行宣言については同法一九六条をそれぞれ適用して、主文一ないし三項のとおり判決する。

(昭和五二年(ワ)第六四六号事件)

五、原告は被告から、博多空港において豚を受取り動検における検疫及び通関手続終了後被告指示の仕向先宛に右豚をトラックに積込むまでの管理業務を委託され、原告がこれを履行したことは前述のとおりであるが、被告は、右原告の業務遂行につき債務不履行(被告に対して、豚が発病したことの報告が遅滞したこと、豚を解放する際、種豚としての利用価値のない豚がいる旨の報告を怠ったこと等善管注意義務を怠ったこと)があった旨主張しているので、この点につき判断する。

1. 成立に争いのない甲第一五、第一六号証、乙第一号証、証人田村祐義(第一、二回)、同倉野猛(第一、二回)の各証言及び被告代表者本人尋問(第二回)の結果によれば、本件豚の発病及びその後の処置、解放までの経緯は次のとおりである。

一二月三日 動検博多出張所に豚一七六頭入検。

同月七日 豚一頭に下痢(軟便)が発生したが他に著明な症状なし。

動検―輸入家畜によくみられる疲労からくる下痢と判断。

同月一〇日 豚二頭に下痢(内一頭は血便)。

同月一二日 下痢(血便)豚四頭に増加。

同月一三日 下痢(血便)豚一二頭に増加。

動検―普通の下痢ではないと判断し、診断的治療開始。

同月一四日 豚赤痢を疑い、その為の検査開始。

同月一五日 豚一頭死亡。豚赤痢類似の症状あり。

動検―解剖の結果伝染性の下痢と判断し、健康豚と下痢発症豚を分離。法定伝染病の検査が終り、糞便検査開始。

同月一六日 下痢(血便)豚三一頭に増加。

動検―血便等からビブリオ、スピロヘータを検出し、その他の臨床所見と合せて午後一九時から二〇時頃豚赤痢と診断。

同月一七日 (土曜日)豚赤痢が発症した豚二九頭を隔離。

動検―豚の解放延期を決定。原告に対し、電話連絡をするが担当者(田村)不在で連絡できず。

原告会社責任者田村は上京し、被告代表者に豚は異常がなく、同月二〇日の解放予定日に解放できる旨報告する。

同月一八日 (日曜日)

動検―原告に豚赤痢である旨通知。

被告に下痢症状が発生したため当分解放を延期する旨通知。

同月二〇日 動検博多出張所は横浜動検から治療薬としてカルバドックスが有効である旨の連絡を受け、原告に右薬品の購入を指示。原告から右薬品が届けられるまでの間、動検において薬品会社から取寄せたサンプルを使用して豚赤痢の治療開始。

被告から動検に電話があり、動検は豚の症状を説明する。

原告から被告に豚の状況及び病豚の頭数は調査中である旨報告。被告から治療を指示。

同月二一日 原告から被告に、病豚はかなりの数であるが、すでに隔離がなされ、病状からいっても治療が開始されていること故現地に行くまでの必要はない旨の連絡あり。

同月二二日 動検治療薬(注射薬)を入手し、全頭に治療実施。

同月二五日 豚赤痢五六頭。繊維性肺炎により豚一頭死亡。

原告から投与薬を動検に納入。

同月二七日 豚赤痢六四頭。同日を最後に豚赤痢の発生なし。

昭和五二年一月四日

動検―前月二八日以後一週間豚赤痢の発生がなく、完治したと認めて輸入検疫証明書を発行。

同月八日 原告豚一四〇頭を群馬県他に発送。

同月一〇日 原告豚三三頭を熊本県に発送。

同月一一日 豚一頭を、種豚として利用不能と判断し、被告から動検に処分を依頼。

同月一二日 右の豚一頭を淘汰する。

2. 証人倉野猛(第一、二回)、同田村祐義(第一回)の各証言及び被告代表者本人尋問(第一回)の結果によれば、原告及び動検の検疫態勢、病豚に対する処置は次のとおりである。

(1)  動物輸入業者が輸入した家畜の空港到着時から検疫、通関手続終了後、解放されるまでの間の動物の管理を行えるのは原告等一定の業者に限られていること、

(2)  原告が動検内で本件豚を管理するには、検査、消毒、建物施設の管理等全ての事項にわたって防疫官の指示を受けて行動することを要し、検疫業務が円滑に行えるよう動検から求められていること、

(3)  申請者が独自の判断で治療行為を行えないことはもとより、動検としても、検疫業務遂行のため、通常の細菌性の下痢による豚の治療行為はともかく、伝染性の疾病の疑いがある場合には、薬品を投与するとその薬理作用によって伝染病の検査に影響を及ぼし、検疫の目的を達しえなくなること及び病名の確認ができない段階でその発現を押えてしまうような治療は、検疫後発病して病気が拡散する危険があることから、これを許さないこと、治療が許される段階に至っても、開業の獣医が動検内に入って治療に当ることは、右獣医を媒介して伝染病が動検外に広がる虞れもあり、動検ではそのようなことは好まないこと、

(4)  したがって、本件の場合、たとい申請者等から豚の治療の申入れがあったとしても動検において、豚赤痢と断定(昭和五一年一二月一六日夜)する以前に、豚赤痢のための治療は許さなかったこと、

(5)  動検において豚赤痢と断定した後は申請者に治療についての示唆ないし助言を与え、自らも治療薬の手配をして治療に当り、同月二七日を最後に豚赤痢は完治していること、その間同月二五日に豚赤痢に罹患していない豚一頭が死亡した以外は全て命をとり止めたこと、

以上の事実が認められ、動検及び原告の処置の不手際を指摘する証人日高良一の証言は、動検の目的、実態にそぐわない、特殊専門的な立場からの証言であって、採用することはできない。

3. 右認定の各事実によれば、原告は動検の指示の下に、いわば手足となって豚の検疫業務を手伝っていたのであるが、昭和五一年一二月一六日夜動検において豚赤痢であると断定するまでは、動検における豚赤痢の発生が全く初めての事態であったこともあり、動検でも伝染性の疾病である疑いはもちつつも、原告に対し特段の指示通知をなしておらず、原告も右動検の処置、判断を信頼して管理業務を行っていたこと、豚赤痢と判明後は、原告も動検からの通知をうけて被告に連絡をし、動検と共に治療に当って、同月二七日をもって豚赤痢を完治させたことは前述のとおりである本件においては、前判示の原告の善管注意義務に照しても右義務を怠ったと認めるに足る事実はなく、被告の本件豚解放時以前における原告の債務不履行がある旨の主張は採用できない。

被告は同月一七日に原告の責任者田村からなされた豚の状態に関する報告内容の誤りを指摘しているが、同人は、動検から本件豚につき危惧すべき疾病が発生している旨の報告は何ら受けないまま同月一六日上京し、被告に対し、豚の異常がない旨の報告をなしたことはやむをえないことといわねばならず、右事実は前記判断を左右するものではない。

4. 被告代表者本人尋問(第二回)の結果によれば、原告は輸入豚の解放に際し、病後の衰弱が激しく、種豚として利用ができない豚がいる場合は、被告に対しその旨報告し、被告の指示を受けるべきであるのにこれを怠った義務違反がある旨述べ、被告が右の報告を受けておれば、かかる豚については直ちに出荷を停止し、屠殺すべき豚は屠殺し、その余の豚は身近な牧場に依頼して静養させ、健康を回復させた後再度使用することも可能であったのに、原告がそのような豚も発送してしまったため、配送先の農家から苦情がでて、結局合計一八頭の豚を処分せざるを得なくなり、信用も失墜した旨述べている。

しかしながら、前述のとおり、豚の病気は最初の発送日の一〇日以上も前に完治していること、したがって、原告が病の癒えた豚を当初の契約通り各仕向先に発送することに疑問を抱かなかったとしてもやむをえないことであると思われるし、被告も、原告からの豚は元気でいる旨の報告を信頼したからであるとはいえ、病後の豚の観察には一度も出向かず、原告に特段の指示も与えていなかったことからすれば、原告のなした豚の発送に非難されるべき点はないと考える。

証人倉野猛の証言(第二回)によれば、仮に、豚をトラックに積込む段階になって病弱な豚を発見したとしても、検疫が終了し解放許可になった豚をそのまま動検内に預かってもらうことは許されないし、出荷用のトラックが待機しているのに、原告の判断において豚を選別し、被告の指示する牧場に発送することは極めて困難で、原告のとった処置、判断に過失はなかったと考える。

六、以上に述べたとおり、本件豚の検疫、通関手続前後の豚の管理を委託された原告に何ら注意義務違反が認められないので、その余の点につき判断するまでもなく、被告の本訴請求は失当である。

七、よって、原告の請求を棄却し、訴訟費用の負担につき、民訴法八九条を適用して、主文四、五項のとおり判決する。

(裁判官 兒嶋雅昭)

<以下省略>

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